1835年9月15日ほぼ完成曲としてスケッチが仕上がり
その後パリにて完成された曲です。
楽曲は、前作(華麗なるワルツ変ホ長調op.18)の
1920年代に全盛だったウィンナ・ワルツふうの雰囲気を気にするあまり
ショパン特有の民族音楽にみられる自由奔方なアクセントの
移動などは許されないある種制約の中で作曲されたものとは
比較にならないほど独自のワルツとして掌中のものとし、
自身の音の構成の中にワルツを引き込んでしまった曲です。
第3拍にアクセントを置くなどの配慮もされ、彼らしい
色合いの早いパッセージを織り交ぜながらも優雅さを
失わない仕上がりとなっており、同セット曲である、34-3同様
16小節の序奏を、ほぼⅤ7一発で見事に決めてしまう
ところなどは、まさにTHE CHOPINといえる曲です。
「ウィンナ・ワルツはどうも判らない」
と彼自身語っている事からワルツに親しみを感じていたのか
どうか疑問もありますけれど
本質的にはウィンナ.ワルツは、楽団音楽としてのシメージが強いですので
ショパン自身確立した響を重視するピアノ奏法を破ってまで
輝く派手な音楽に変える必要は感じていなかったのでしょう。
自身の育った風土からくるリズム、また創造的なイメージ
の中でピアノ音楽としてはとらえ難いものだったのかもしれませんね。
この変イ長調は、3曲のワルツセットの1曲ですが
同じ頃に作曲されたものではなく、約7年の間に作曲されたものを
まとめたものです。
変イ長調、イ短調、ヘ長調となり、中でもこの変イ長調は
ショパン自身もっとも得意とする調性で作曲されたものです。
この曲にまつわるエピソードといたしましては、
1835年秋5年ぶりにカールスバートで両親に出会った事があり
そのおりお世話になったエンシュタイン伯爵家の伯爵令嬢のために
アルバムに書いたのがこの変イ長調のワルツです。
ショパンはその後両親と再会することはなく、そういう意味では
なんともいえない雰囲気が漂っています。
Wednesday, May 21, 2008
Chopin WALCE Asdur,op.34(ショパン 華麗なるワルツ 変イ長調 op.34-1)
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